ついに明かされる禁断の書『歎異抄』の秘密

『歎異抄(たんにしょう)』には、
あなたが本当の幸せになれる道
記されています。


だけど、『歎異抄』の一番有名な文章
「善人なおもって往生をとぐ、いわんや悪人をや」

善人さえ助かるのだから悪人はなおさら助かる……。

これって普通、反対だと思いませんか?


ちょっと難しいのでよく考えてみてください。
「悪人さえ助かるのだから、善人はなおさら助かる」
なら分かります。

それを『歎異抄』には、
「善人さえ助かるのだから悪人はなおさらだ」
と記されているのです。


何かの間違いでしょうか?
いえいえ間違いどころではありません。
これこそが、親鸞聖人が明らかにされた
仏教の真髄であり、
本物の幸せの世界なのです。


善人さまは後回し。
苦悩の人を正客とする阿弥陀仏の大慈悲と、
どんな極悪人をも救う、その絶大な救済力を
親鸞聖人は明らかにされています。


その親鸞聖人の教えを聞けば、
どんな極悪人も、
「人間に生まれてよかった」と大満足できる
本当の幸福に救われるのです。

もちろんあなたも絶対の幸福になれます。


それは、お金や財産、地位、名誉のような、
今日あって明日なき、はかない幸福ではなく、
決して変わることのない絶対の幸福です。

その生命の歓喜は、何があっても変わらず、
死によってさえも崩れることはありません。


どんな人でも、この親鸞聖人の明らかにされた
仏教の真髄を聞けば、絶対の幸福になれるのです。


数え切れない命を奪った死刑囚さえも……

第二次世界大戦中、数え切れないほど多くの
人命を犠牲にした東條英機は、
1945年、戦争犯罪人として逮捕されました。


ところが巣鴨に収容されからは、
親鸞聖人の教えを真剣に聞くようになり、
ついに絶対の幸福を喜ぶ身となりました。


1948年12月23日、A級戦犯として、
巣鴨拘置所で死刑になった東條英機は最後、

自己をふりかえって、

有難いですなあ。私のような人間は愚物も愚物、罪人も罪人、ひどい罪人だ。私の如きは、最も極重悪人ですよ。

と深く懺悔し、
このような喜びに満ちた辞世の句を詠んでいます。

さらばなり ういの奥山今日こえて 
      弥陀のみもとに ゆくぞ嬉しき
日も月も 蛍の光さながらに ゆくてに弥陀の光輝く

さらには、自分を死刑にしたアメリカに対してまで

いま、アメリカは仏法がないと思うが、これが因縁となって、この人の国にも仏法が伝わってゆくかと思うと、これもまたありがたいことと思うようになった。

と、相手の幸せすら念じています。

このように、苦しみ悩むすべての人が、
本当の幸せの身になれる仏教の真髄を
書き残されているのが秘本『歎異抄』です。


その感情を動かす魅惑の美しさ

ではあなたは、なぜこの『歎異抄』に惹かれたのでしょうか?
この『歎異抄』が多くの人を惹きつけるのは、
親鸞聖人のお言葉が記されているというだけでなく、
極めて美しい文章で書かれ、
読む人の心を揺り動かす強い力を持っている、
ということもあります。


その衝撃的な内容と、流れるような文章の美しさは
『徒然草』『方丈記』と並ぶ
「日本三大古典」と言われ、中でも最も注目を集め、
『徒然草』『方丈記』をはるかに超える関連書籍が
これまでに出版されています。


岩波文庫5400種類の本の中でも
ベスト8にランキング
されるほど多くの人を惹きつけ、
「日本で最も読まれている仏教書」
とまで言われます。


もちろん単に多くの人に読まれる大衆文学とは異なります。
その深遠さ、美しさは、多くの作家や哲学者など、
有名な知識人が絶賛するのです。


あなたもその一人なのではないでしょうか?


多くの知識人をも惹きつける『歎異抄』の魅力


声に出して読みたい日本語』で有名な
齋藤孝氏は、こう言います。

この(歎異抄の)言葉そのものに
出会うことができなかったとしたら、
おそらく、日本人にとっては非常に大きな
損失であったでしょう。

(声に出して読みたい日本語 音読テキスト3歎異抄


フランスのノーベル賞作家、ロマン・ロランは、
歎異抄』から深い感動を受けて
倉田百三が著した戯曲『出家とその弟子』を
激賞しています。

倉田百三自身、こう言っています。

歎異鈔よりも求心的な書物は恐らく世界にあるまい。
文章も日本文として実に名文だ。国宝と云っていい。
(倉田百三著『一枚起請文・歎異鈔 法然と親鸞の信仰』)


日本三大哲学者の一人、三木清もこう言います。


万巻の書の中から、たった一冊を選ぶとしたら、
『歎異抄』をとる。

三木清


同じく日本三大哲学者の一人、
西田幾多郎は第二次世界大戦末期、
空襲の火災を前にこう言いました。


いっさいの書物を焼失しても
『歎異抄』が残れば我慢できる。

西田幾多郎


20世紀最大の哲学者と言われるドイツのハイデガーは
晩年の日記にこう記しています。


今日、英訳を通じてはじめて
東洋の聖者親鸞の歎異抄を読んだ。
『弥陀の五劫思惟の願を案ずるに
ひとえに親鸞一人がためなりけり』
とは、何んと透徹した態度だろう。
もし十年前にこんな素晴らしい聖者が
東洋にあったことを知ったら、
自分はギリシャ・ラテン語の勉強もしなかった。
日本語を学び聖者の話しを聞いて、
世界中に拡めることを生きがいにしたであろう。

( 『中外日報』昭和38年8月6日)


このように、多くの知識人がたたえるのが『歎異抄』です。
ですからあなたがたくさんの本の中で、
『歎異抄』だけは知っておきたいと思われたとしても、
それはまったく理由のないことではありません。


『歎異抄』に記された親鸞聖人の教えには、
あなたの一切の苦しみを
なくしてしまう力さえあるのです。


では『歎異抄』は、一体どのような本なのでしょうか?


『歎異抄』の目的と構成・名前の由来

『歎異抄』が書かれたのは、約700年前、
すでに親鸞聖人がお亡くなりになった後のことでした。


親鸞聖人が浄土にお還りになられると、
その直後から、親鸞聖人の教えと異なることを
親鸞聖人の教えだと言う者が
続々と現れてきたのです。


親鸞聖人の直弟子の一人が、それらの異説を嘆き、
親鸞聖人のお言葉をものさしとして
正そうとした本が『歎異抄』です。


それで「異」なるを「歎」く、
『歎異抄』

と著者自らが名づけています。


全部で18章ですから、
そんなに長い本ではありません。
読み通そうと思えばすぐ読めます。


何が書かれているのかというと、
はじめの1章から10章は
親鸞聖人のお言葉がそのまま記されています。


逆説的とも言える驚くべき他力信心の極致が、
感動的な文章で美しく書き綴られます。


続く11章から18章は 
それらの親鸞聖人のお言葉をものさしとして
親鸞聖人亡き後の誤った説を批判しています。


あふれる喜びと感謝から、
心をしめつけるような激しい筆致と、
めくるめくような展開で、
時代を超えて多くの人の心を惹きつけてやまない
強烈な魅力を放っています。


『歎異抄』にちりばめられたワナ

こうしたことから、
多くの人が『歎異抄』を読んでいるのですが、
あなたが『歎異抄』を読まれるときだけは、
気をつけて頂きたい注意点があります。


『歎異抄』はその美しさと裏腹に、
多くの問題をはらんでいるのです。


まず気味の悪いことに、実は
『歎異抄』には著者が書かれていません。


今では『歎異抄』に登場する親鸞聖人の高弟、
唯円が書いたのではないか
と言われていますが、もしそうだとしても、
唯円は、何らかの理由で、
自分の名前を書き残さなかったのです。


あれだけの卓越した文章力を持ちながら、
まるで責任を回避するかのように名前は書かず、
前半も逆説的なお言葉ばかりがそのまま書き記され、
後半の異説の批判の仕方も、
きわどい表現が目立ちます。


そして、中には『歎異抄』の著者自身が
親鸞聖人の教えを間違っている部分もあり、
危険な部分があちこちに
ちりばめられているのです。


読む人を破滅させる『歎異抄』の魔力


そのため、もしあなたが古典の勉強をたくさんされた方で、
なまじ古語の意味が分かってしまうと、
親鸞聖人の教えられたことと、
まったく逆の意味にとってしまう可能性のあるところが
たくさんあります。


親鸞聖人は、仏教の真髄である、
どんな極悪人でも本当の幸せになれる道を
明らかにされているのですが、それを
「どんな極悪人でも救われるんだから、悪をしてもいいんだ」
とか、
「善をする必要はないんだ」
「念仏さえ称えれば誰でも彼でも極楽に往けるんだ」
などと聞き誤れば、この世も未来も助からず、
大変な悲劇になります。


あなたはこんな程度の誤解はされないと思いますが、
気をつけねばならないのは、その美しさに惹きつけられて
『歎異抄』を読んだ人は、
飛んで火に入る夏の虫のように、
ほぼ100%、何らかの聞き誤りを生じ、
破滅へ導かれてしまう、ということです。


浄土真宗の学者でさえも食われてしまう!


実際、『歎異抄』の解説書を書くような
浄土真宗の学者でさえも、
間違っていることがよくあります。


専門家である浄土真宗の学者でさえ間違うなんて
とても信じられないと思いますが、実際に間違っています。


なぜ間違いと分かるかというと、
親鸞聖人が自ら書かれた主著『教行信証』を
ものさしとしてみれば、
それらの解説が親鸞聖人の教えと違うことが
明白になります。


もちろん人生の問題には、学校の勉強と違うので、
正しいかどうかよく分からないものも
たくさんありますが、少なくとも浄土真宗の学者が
親鸞聖人の教えと違うことを言っていたら、
それは間違いですよね。


それもこのサイトの各章の解説ページに
具体的に実例を示してあるので
驚かれると思います。


真宗学者でさえこれほどまでに間違い、
さらには『歎異抄』の著者自身も
親鸞聖人の教えを聞き誤っている所があるのですから、
あなたは大丈夫でしょうか?


ましてやこのサイトにたどりつかなかった
一般の読者が、
あまりの美しさに引き込まれ、当然のように聞き誤り、
自らの人生を不幸にして行くのも無理ありません。


刀でいえば、まるで、
飢えたように人を斬り、
持ち主を不幸にする
妖刀「村正」のようなものです。


ついに封印され、門外不出の秘本に……


そのため、約500年前、
浄土真宗中興の祖・蓮如上人は、

右この聖教は、当流大事の聖教たるなり。
無宿善の機に於ては左右無く之を許すべからざるものなり。
釈蓮如

と記されています。

『歎異抄』は浄土真宗の大切な本ではあるけれど、
ご縁の浅い人には見せてはならない
と封印されたのです。


それはちょうど、あまりに鋭いカミソリを、
子供に持たせると、自分も他人も傷つけて、
ケガをするようなものだと
昔から『歎異抄』は「カミソリ聖教」
の異名をとっています。
(「聖教」とは仏教の本のことです)


こうして多くの人を魅了してやまない魅力を放ち、
読んだ人を破滅させる恐ろしい魔力を持った『歎異抄』は、
数百年間、門外不出の秘本として、
江戸時代まではその存在を知る者は
ほとんどなかったのです。


再び開かれるパンドラの箱、希望はあるのか?

ではなぜ、今、日本で最も読まれる
仏教書になってしまったのかというと、
約100年前、ある学者が封印を解き、
爆発的に広まってしまったのです。


そのため、多くの人が親鸞聖人の教えを聞き誤り、
自分が不幸や災難にあうばかりでなく、
多くの人を不幸に巻き込んでいます。


その弊害の大きさは、
一説には、親鸞聖人の教えを聞き誤らせ、
浄土真宗の衰退の一つの要因となっている
と言われるほどです。


そんな『歎異抄』を読むあなたが、
どんな極悪人も絶対の幸福に救われる仏教の真髄を知るには、
間違いやすいところをよく知って、
『歎異抄』に説かれる本質を
正しく理解しなければなりません。


そこでこのサイトでは、あなたが安全に、
『歎異抄』を正しく理解され、本当の幸せになって頂けるよう、
『教行信証』など親鸞聖人が直接書かれたお言葉を通して、
解説しています。

そして、よくある間違いについても、
伝統的なものから有名なもの、
親しみ易いものまで様々な解説書の間違いの実例をあげ、
本当の意味を分かりやすく解説することにいたしました。


このサイトをガイドとして、
あなたも『歎異抄』に秘められた仏教の真髄を
正しく知り、何があっても崩れない
本当の幸せになって頂きたいと思います。


さらにもっといい方法は?


ただそれでも『歎異抄』に説かれているのは、
他力信心の極致ですから、
大変高度な内容です。
初めての場合はご理解頂けないかもしれませんし、
やはり誤解されるかもしれません。
そして、微妙で細かい枝葉末節を一つ一つ理解していくのは、
大変な労力を必要とします。


考えてみれば、そんな枝葉を一つ一つ理解していくよりも、
むしろ、親鸞聖人が何かを教えられたのか基礎にある
普遍的な教えを学んだほうが、
結局『歎異抄』の理解も、
絶対の幸福に向かって進むのも
早いと思います。


そこで今回、親鸞聖人が説き明かされた仏教の真髄の秘密を
あなたが一生苦しまねばならない本当の原因とその解決
として、分かりやすい小冊子にまとめました。
そして、親鸞聖人の生涯教えられた本当の生きる意味を
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おそらくこれで、あなたには
一番はやく本当の幸せに向かって
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毎回、メールが来るのが楽しみで、玩味しながら読んでいます。 最後まで読み完全に理解するつもりでいます。 ありがとうございます、心より感謝します。

いつも考えさせられるメルマガで、珍しく、中村さんのメルマガを隅々まで読んでます。(ほとんどメルマガは読まないんですが。) ありがとうございます。

いつもいつも素晴らしいお話が絶え間なく伺えるのが、毎日凄いと感じています。新聞の連載小説を書けるくらいの才能がないとここまで綴られることは不可能ではないかと感じております。感服いたします。このメールを綴られてることそのものが修行をされてるように見受けられます。小さな知恵と幸福を複数の人の撒かれてるわけですから、非常に偉業だと思います。

毎回楽しみにしています。 ぼくはまだ生きる意味まで考えた事はなかったのですが、 それに触れる事で、一日の始まりの朝の気持ちが少し変わった気がします。 一日、瞬間を一生懸命に過ごす事が意識的にも高まっております。 なので、この仏教の中身に出会えて本当にラッキーです。

メールを毎日読んである時は涙し又ある時はなるほどと思いつつ楽しみにしております。プリンターが買えないのでメールを消さないで読み返しております。

いつもメールを頂き有難うございます。 今年、思いがけぬ縁から仏法に出会えたことにとても幸せに思っています。 仏法の厳しくそして温かな御教えに、確かに自分自身の見つめ方に変化が起こりました。

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